働く企業戦士にとっての毎日の日課に通勤がある。
一日の戦闘開始前の準備運動と言ってもよい。
過酷な日課ではあるが、百戦錬磨の戦士たちにとっては
この資本主義社会で生き抜くために必要な準備運動であろう。
毎日毎日、変わらぬ電車から見る風景。
毎日毎日、ギュウギュウ詰めの満員電車。
そろそろ夏なので、不快指数MAXも近い。
この日頃の鍛錬こそが、心身ともに強い戦う戦士を育てるのだ。
だが、毎日みる車窓の風景に、サラリーマンは
季節を感じることができる。
桜が咲いたり、学校のプールに新しい水が入れられたり
鯉のぼりを見つけたり、雨が降ったり、雪がちらついたり。
また、建設途中の建物ができあがっていく姿も
自然と日々完成度合いを観察できるので楽しめる。
毎日だからこそ、たまにおもしろい人を見つけて
「はっはー、今日はおもろい人いてはったなぁ。」なんて
思わぬ話のタネを仕入れることができたりする。
大音量でクラシックを聴いている人。
なぜか歯を磨いている人。(いやほんと、電車内で。)
ガチャピンの着ぐるみを着た女の子。
今まで出会ったこれらの人たちは、どこの不思議の世界から
やってきたのであろう。
そんなこんなで、通勤電車内では毎日どこかしらでドラマが生まれている。
そう、この前だって、こんなことがあった。。。
詳しくは言えないが、私は毎朝、通勤するのに
「大阪環状線」のお世話になっている。
この環状線は、通勤混雑コースのエリートコースと言っても過言ではない。
車両によっては、文字通りギュウギュウ詰めで
寒さ厳しい冬の日なんかは、お互い着ぶくれている上に
それこそすし詰めであるため、吊革につかまらずとも立ったまま眠れるくらいである。
そんな大阪環状線、朝の通勤時間に椅子に座れることは奇跡に等しい。
ほんと、年に数えるほどである。
たぶん、ガリガリ君のあたり棒が出るよりも低い確率でしか椅子には座れない。
そんな環状線の椅子に、その日は座れたのである。
「ラッキーーーー☆」という表情が私の顔全体に表れていたと思う。
これで集中して本が読める。
(私は毎朝、何かしらの本を読みながら通勤している。)
と思い座った途端、となりに座っていたおっちゃんに
じっと顔を見られた。
左ほほに感じる、熱い視線。
電車内でじーっっと見られることはたまにある。
別段、私が美人であるわけではない。
美人、かわいい、私みたいな感じにかかわらず
電車内では、人の顔をまじまじと見つめてくる人がいる。
こんなときは、見返してはいけない
ちらりと気付かれないように一瞥するか
できれば、周辺視野だけで様子を伺い
特にこの場を去らずとも、無害であると判断した場合は
そのまま何事もなかったかのように過ごすのが一番安全である。
このときも私は、心の片隅でちらりと相手を警戒しながらも
そのまま持っていた文庫本を読みだした。
左ほほに視線を感じながら。
このまま、この視線ビームを浴び続けるのであれば立ち上がろう。
せっかく手に入れた、椅子ではあるが
背に腹は代えられない、このまま見つめられちゃったら
次の一手を考えようと思っていた矢先
おっちゃんに話しかけられた。
「ねえちゃん、わし、天満で降りたいんやけどな
寝ると思うから、着いたら起こしてくれっ。」
ます、その結構大きめなボリュームに驚いた。
ギュウギュウ詰めの電車内の隣の席のおっちゃんである。
こそこそ話をされたって、そこそこ筒抜けだぞ。
その車両にいた全員に聞こえたであろうその声に
とりあえず、眼を見開くしかなかった。
それから、まわりからの視線である。
このとき、おっちゃんと私はバッチリ目が合っていた。
私は勝手におっちゃんのワンダーランドに巻き込まれてしまったのである。
まわりの方々は、出会いがしらの衝突事故に出会ったような私の心情よそに
私とおっちゃんのやり取りに全視線をかたむけてくれた。
ああ、その視線が痛い。。。
そんな、急にみんな私を置いてオーディエンス側にまわるなよ~、と思いながら
やっと、おっちゃんが発した言葉に対して返答した。
「。。。あ、はい。いいですよ~。」
長い時間に感じるが、この間、恐らく座ってから5秒!
おっちゃんは、安心したように目をつぶり、うつむいた姿勢になった。
私といえば、このあと読書に集中できるわけもなく
同じ2行をただひたすら繰り返し読んでいた。
三度の飯より活字が好きな私としては、
貴重な通勤時間の読書に集中できず、悔しいばかりである。
車内のほとんどの人たちは、通常の通勤に戻りつつも
私に近い席の人や、私とおっちゃんのまわりに立っている人は
いまだに視線を送り続けていた。
みんな、天満についてからの展開が気になるのである。
この物語の続きがどうなるのか、観賞をつづけてくれているのである。
ああ、その視線が痛い。
桜ノ宮を通りすぎ、いよいよ次は天満という段になって
私はにわかに緊張しだした。
もうすぐ、また出番である、台本通りセリフを言えるかどうか、ドキドキする。
ドキドキしながらも、私は文庫本の同じ2行をまだ読んでいた。
電車が減速し、次は天満とのアナウンスが入る。
時は来たれりっ!
このタイミングを逃しては、勝機を逃す愚かな将軍に同じ。
託された使命、義理と人情を重んじて、果たしてみせましょう。
「あの、天満に着きますよ~。」
そぉっと、おっちゃんに話しかけてみる。
まわりのみんなは「お、やっぱ頼まれるとちゃんと起こすんだな。」
という顔をしている。
おっちゃんが起きた!!
と同時に電車は天満駅ホームに滑り込み
進行方向向かって左側のドアが開く。
「すまんなぁ、おおきに!助かったわ。」
と言っておっちゃんは颯爽と出て行った。
風貌はこれから戦うサラリーマン戦士というよりは
どこか競馬場にでも行くような感じであった。
こうしてまた、通勤物語に新たなるページが刻まれた。
めでたし、めでたし。