社長ブログ

2012年はどうなるんでしょうね。

 

ビジネスのことも大切ですが、やっぱり気になるのが、特に、災害、そして原発、そしてそこから考える日本の政治。

 

原発が完全になくなるには、我々の知識と意識と行動、そして発言が大きな力になると思います。

原発が本当に不要かどうかは、正直分かりません。

我々が理解しがたい誤った情報の中にあるのであれば、断固として反対、廃止撤廃を叫んで行かなくてはならないでしょう。

国はまず、その情報の正確さをしっかり証明すべき時にあると思います。

しかし、それができる体質かというとそれも難しいと思います。

TPPでの情報統制もしかり、もはや日本の政治は「パフォーマンス」でしかないのかもしれません。

独裁国家の場合、その独裁者の志によりいろんな意味で、一つの方向へ進みます。

独裁がいいとは言いません。

しかし、政党政治の日本において、政権が変わるたび、方向性が変わり、ブレ、昨日まで良かったものが、次の日には犯罪まがいの扱いになるなんてことも多いです。

政党が変わり、大臣が変わり、意思が変わり、目的が変わり、利権構成が変わり、価値観が変わる。

でもやっぱり、事務方は同じ。

結局、事務方の経験と人脈、そして実質権力をもって、選挙で突然偉くなられた方々を躍らせているだけにしか見えませんか。

長年かけて、彼らが”培ってきた”、「ミイラ取りをミイラにする-技術-」 は計り知れぬ威力を持っています。

プライドなき戦略。信念なき信念。みたいなものが渦巻いている世界です。

現職の東京都知事、新大阪市長をよ~~く観察していると、事務方の恐ろしいほどのしたたかさがうかがえます。

 

  • あれだけの大事故を引き起こし、日本だけでなく、近隣諸国にも及ぼしかねない危機をなんとか脱した今、性懲りもなく、再稼動させようという「もんじゅ」。
  • 完済後、課金撤廃を謳っているはずがどんどん値上げを続け、政権交代後無料化をマニフェストに謳った為に、一旦は無料化へ進むフリはしたが、土台無理だった「高速道路無料化」
  • 為替介入でパフォーマンスだけして、実質的な問題であるアメリカ政府への抗議・要請をしない「円高問題」
  • いつまでも敗戦の後遺症を引きずって、いつまで経っても煮え切らない「沖縄米軍基地移転問題」
  • 本気で解決しようといていない(ように見える)「拉致問題」

結局、10年後、20年後、50年後、100年後を考える能力と、考える気そのものがない今までの政治と官僚達の目先の”甘い蜜”のツケとして、もうまもなく「破たん」が始まりますよ、ほんとにこのままだと。

日本の総債務額が、日本の個人の総資産額を、もうすぐ超えるんですが、それって全国民の貯金を全部かき集めても、日本政府が作った借金を返せなくなるわけです。

日本の中にあるお金では、返せないわけですよ。

ってことは、そんな国の国債を誰が、どこの国が買います?

で、国債で予算が確保できなかったら、後は増税しかない。

この状況で増税、特に消費税を上げたら、日本経済にとってあり得ないほどの痛手になることは、みんな分かってる。

なのに、上げざるを得ない今の状況は、もうすでに末期症状です。

 

これだけははっきりしてますが、日本の政治スキームは未完成です。

戦後、米国によって組まれた骨組みを今も「大事」にしているこの政治スキームが、言い訳ないですよ。

その時々の都合により、ちょこちょこ特別法案を作っては消して、ツギハギだらけの法律に、なんの信念があるの?

いっそのこと、王国にでもなっちゃった方が、いいのかもって思います。

ある意味会社って、王国ですよ。ダメな会社は、独裁会社っぽくなってるとこも多いですが。。

 

ただ、いずれにしても、会社は信念と理念があり、方向性がぶれることは殆どない。

日本の政治を手本にしている経営者は一人もいないですよ。

日本政府が、経営理論を取り入れることもない。

そりゃそうです。

取り入れたら、「日本は破たんしてます。」 で、終わりですもんね。

 

さぁ、我が日本を救うべく立ち上がるか、日本から逃げて海外でのびのびとbusinessを続けるか。

日本人として、非常に悩ましいところです。

そんなことを、これからも少しずつ考えながら、これからのbusinessは勿論、私たちの生き方そのものを考えていきたいですね。

 

2012年1月4日 水曜日 | 10:30 AM - つぶやき, エッセイ / コラム, 社長ブログ


この週末、韓国ソウルの新オフィスを契約してきました。

当社のタダカジのゲームアプリケーションを開発している会社の新オフィスです。

カンナム地域(ハンガンの南、ミョンドンの東側)というビジネス街の比較的活気のある地域です。

小さなオフィスですが、ここから再出発させます。

今期は、タダカジのバージョンアップを立て続けに行うつもりです。

 

おそらくもう二度とフィリピンに行くことはないと思います。(裁判になれば行くかも。。。)

 

ソウルは、勝手知ってる部分が多いので、海外といっても日本と同じ感覚で行けるので、安心です。

知り合いや仲間、協力者も多いし。

 

あとは、私に協力してくれた方々への恩返しをするために、身を粉にして頑張るだけです。

 

人生一回、一回くらい、自分の事より人の為に頑張ってみるか!

 

そう、心に誓っています。

 

だからこそ、誰でも彼でも、仲間にするというわけにはいきません。

私を信じてくれて、私が信じることができ、価値観や感覚が会う人としか、仕事はしませんし、夢の共有もしません。

そんな人が、もっともっと沢山集まることを、これからも貪欲に求め続けます。

 

2010年5月24日 月曜日 | 3:07 PM - エッセイ / コラム, 仕事, 社長ブログ


先日からもうひとつの会社の会議が立て続けに入っていました。

実家の家業のクリーニング会社です。

クリーニングの繁忙期は、春の衣替えシーズン。一か月の売り上げが、通常時期の2~3倍の売り上げになる書き入れ時です。

その繁忙期を控え、今年の事業計画を含めての会議が立て続けに入り、その資料作りにも追われていました。

その中で、店舗経営では5%、10%の売り上げ増を目指して、日々奮闘しているのですが、

5%上げるために日々努力しても、景気に左右されたり、競合店の戦略に影響されたら、5%の売り上げ増なんてすぐに吹っ飛びます。

そもそも、1年間悪影響を及ぼす外的要因がない年などないんです。

で、1年の終わりに、だいたい、言い訳が各部署から始まります。

まさか●●があるとは想像できませんでした。。。なんてね。

確かに、●●を想像することはできないのかも知れません。

しかし、●●などの外的悪要因があることを想定していなかったことは、反省すべき点です。

そこで、常に思うのですが、今年がたとえば、4,000万円の店舗があったとして、その店を4,400万円にしようと思うから難しいのです。

なぜ難しいか。それは、4,000万円のやり方で44,000万円を目指すからです。

もしも4,000万円で売り上げが不足しているのであれば、そもそもの考え方や、やり方を変えて、発想を転換する必要があります。

だから、極端に言うと、売り上げを2倍、必要なら10倍を目標に計画を練り、知恵を絞る必要があります。

もちろん、それはあくまで「目標」であり、必達予算ではありません。

4000万円の店が、倍の8000万円にしようとすれば、これまで通りのやり方に「努力」や「根性」だけでクリアできるものではないことは明白です。

そこではじめて「知恵」が必要になるのです。

 

温故知新、私の好きな言葉のひとつです。

しかし、それは古いやり方にしがみつき、新しいやり方にチャレンジすることを嫌うことではありません。

今までの先人の経験を活かし、いま我々が生きているこの時代を、どのように戦っていくのか。それを考える糧とすることが必要です。

昔の人はインターネットがなく、コンピュータも身近ではありませんでした。

今は、それらがあり、同時に情報があふれています。

 

この2010年になにをすべきか。

それは、2010年にまさに戦っている我々が考えだし、導き出すべき義務があります。

 

少し、ぼーっとする時間があると、ビジネスモデルの思案に想いが巡る昨今です。

 

2010年3月14日 日曜日 | 1:05 AM - エッセイ / コラム, 仕事, 社長ブログ


新年、明けましておめでとうございます!

いよいよ、2010年がやってまいりましたね~!

旧年中は、皆様には本当に、ほんと~に、お世話になりました。

 

昨年は当社も色々なことがあった年です。

1.メンバーが約2倍の11名に。

2.オフィスを約2倍に拡大しました。

3.自社運営サービスサイト「タダカジ」を開始しました。

4.SaaS版サービスとして、「ちらしすた。」を開始しました。

その他では、上記に関連して、マニラの開発会社との提携や税務調査(「修正無し」というお墨付きw)、社員何人かの結婚式などなど

他にも色々、良いことも多くかなり忙しい1年でした。

 

本年も色々計画がございますが、少し慎重かつ大胆に進めるべき事案が多いようです。

政治面でも、民主党への政権交代があり、法的にも税制面でも、そして景気対策もどのように変化するかを見極める必要がありそうです。

かなり使い古された言葉ですが、人生最大というべき変化の年です。

当社にとって、私にとって、この2010年は、非常に重要なのです。

良いことも悪いことも、この2010年に集約されるような気がします。

 

2010年は全てにおいて、「本気」で臨む。

私を信じて頑張ってくれている仲間や、取引先の皆さま。そして、何より私を信じるべき私自身の為に、先が見えないことに躊躇せず、自分で掻き分け進んでまいりたいと思っております。

人生には大切な要素がいくつかあると考えています。

「人(人脈)」、「金」、「思考・マインド」

  • 私を信じてくれる人を守り、決して裏切らない
  • 私が信じた人は、最後まで信じ抜く
  • レバレッジの利いた人生と戦略(使うお金も、狙う目標も大きく)
  • 決断力、そして思い立ったら即行動
  • ゆるぎない自信

当社も今年3月で5期目の決算。いよいよ6期目に入ります。

ベンチャーとは言えない社歴になってまいりました。

今年、変化できなければ当社は万年零細企業になるように思います。

 

今年のプロシスタ、皆様の応援をよろしくお願いいたします。

 

2010年1月1日 金曜日 | 4:01 PM - BLOG, エッセイ / コラム, 仕事, 社長ブログ


『ITコストは固定費から変動費へ。』

当社が2年ほど前から掲げている提案コンセプトです。

サイトを作ろう

サーバーを借りよう

システムを組もう

何かしようと思うと、すぐに数十万、数百万、数千万という初期コストに加え、月のランニングコストも数万~数百万かかるものです。

何かをしたいと言う場合、これから売上を作っていく、これからコストダウンを図っていくといったような、まだ成果が何もない段階からの固定費は、我々の意欲を削いでしまうと同時に、失敗した際の損失も大きくなり、実行自体の決断を鈍らせてしまいます。

利益が1億円あれば更に3千万円のコストを費やすこと容易です。

我々は、積算方式で3千万円の見積りを出してしまいがちですが、本来、クライアント様が1億円の利益を出せる提案が先にあるべきです。

自社の利益は、クライアント様の利益の一部で成り立っている。

その事を常に念頭におき、当社の営業方針を更にブラッシュアップしていこうと考えています。

 

2009年7月11日 土曜日 | 4:35 PM - エッセイ / コラム


先日、長年苦楽を共にした元部下から、近況報告をもらいました。

次の職場では、いろいろ頑張っているようで、安心しました。


そんな職場で、新人研修の中、下記のような話を聞かされ、非常に興味深かったと感想を述べていました。

「ガルシアへの書簡」
(引用文、後述)

彼曰く、その会社では、この物語でいうところのローワン以外は、社に必要ないのだとか。。。


ただ、私がこの話を読んだとき、少し違った印象を持った。

ローワンという人間は、探すものだろうか。

もともとそういう素質を持った人もいるだろうが、人の能力は、

素質 × スキル × 熱意

だと思っている。

・ 素質・・・性格、責任感、得意分野、興味などにより、そのことに向いていること。

・ スキル・・・そのことをこなす為の技術力や知識。

・ 熱意・・・やる気、取り組むためのモチベーション

この3要素が充実すれば、人は、少なくとも私は、よい仕事ができると感じている。

さらに付け加えるなら、能力を活かし成功するためには、

能力 × (運 × 人脈) × (感性 × 自信) × (情報力 × 分析力) × ・・・α

なんて、難しいことを考えてみたりする・・

この、物語についての話に戻すと、

社会人としてまだまだこれからの人には、わかりやすく受け入れやすい内容で、本人にその必要性を問うことは悪いことではない。

ただ、それをどう経営に活かし、どう採用や教育に活かすかは、

経営者、指導者はこの物語をより深く咀嚼し、規範に反映しなければならない気がします。

特に、「”ローワン”ばかりが沢山来てほしい。」というのは、社として、教育をしたくない。という面も垣間見れる。

私も本音はたくさんの”ローワン”に囲まれて仕事をしていきたいと感じるが、

それは理想であり、多くはローワンになりたくても、どうすればなれるのか分かっていない人ばかりなのではないだろうか。

そんな人たちを一人でも多く、1時間でも早く、ローワンに育てることも、また教育だと思う。

付け加えるが、私はローワンは有能だが、万能だとは思わない。

この物語をご存知の方もいらっしゃったかもしれませんが、

感じられた方、コメントをお願いします<(_ _)>

――――――――――――――――――下記、引用―――――――――――――――――――


次の物語は1899年に、わずか1時間で書き上げられた。
著者エルバート・ハバード はごく平易な文体で書いたのだが、
そこには非常に重要な基本的教訓が含まれていたため
早くも1913年には原本が4千万部印刷されていた。

日露戦争中、前線に向かうロシア兵士は皆、「ガルシアへの書簡」を一部携えていた。
日本軍は捕虜のロシア兵から没収したその本の数から直ちに翻訳すべきであると考えたし、
後には勅命によって、武官と文官を問わず、官吏全員に一部ずつ与えられた。

この物語はこれまでに、ロシア語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、 トルコ語、
ヒンズー語、日本語、そして中国語に翻訳されている。
おそらくこの 他にも多くの言葉の翻訳があることだろう。

その教訓は当然ながら、書かれた当時の時勢に適っていたが、
今日もなお、さらに耳に痛い向きさえあるように思われる。

「ガルシアへの書簡」


キューバがらみでいえば、私の記憶の地平線に、近日点の火星のように輝く一人の人物がいる。

米西戦争が勃発したとき、反乱軍の指導者と直ちに連絡を取る必要があった。

ガルシアはキューバのどこかの山塞にいる。どこであるかは誰も知らない。

郵便や電報が届くはずもなかった。


大統領は彼の協力を得なければならない。しかも早急に。

どうすればいいのか!


ある人が大統領に言った。


「ガルシアを見つけられる人がいるとしたら、それはローワンという男でしょう」


ローワンが呼ばれ、ガルシアへの書簡が託された。

「ローワンという名の男」 がどのようにしてその手紙を受け取り、油布の袋に入れて密封し、

心臓の上にくくりつけ、4日後に夜陰に乗じて小さなポートでキューバの海岸に上陸し、

ジャングルに消え、敵国を徒歩で縦断し、ガルシアに書簡を届け、

三週間後にこの島国のもう一端の海岸に現れたかを、ここで詳しく話すつもりはない。


私が強調し たいのは、マッキンレー大統領がローワンにガルシアへの書簡を託したとき、

ローワンはその書簡を受け取って、「彼はどこにいるのですか?」と尋ねなかったことである。


この人こそ、その姿を不滅の青銅で象り、その像を全国の大学に設置すべき人物だろう。

若者に必要なのは机上の学問でも、あれこれの指示でもなく、

背骨をまっすぐに伸ばしてやることである。

そうすれば信頼に応え、迅速に行動し、精力を集中して、任務を遂行するだろう。

ガルシアに書簡を届けるだろう。


ガルシア将軍はすでに世を去ったが、ガルシアはほかにもいる。

多くの人手を 必要とする大事業を遂行しようとしたことのある人なら、

きっと平均的な人間の無能さに愕然とした経験があるだろう。

一つのことに集中して、それを遂行する能力、あるいは意欲がない。


ずさんな手助け、愚かな不注意、なげやりな無関心、それにうわの空の仕事がお定まりらしい。

騙したり、すかしたり、脅したりして、他人の手助けを強要するか、金で買うかしないかぎり、

誰も成功は望めない。


読者諸氏よ、試してごらんなさい。
あなたはいまオフィスにいて、六人の部下が近くにいる。その中の誰か一人を呼んで、頼む。

「百科辞典で調べて、コレッジョの生涯について簡単なメモを書いてくれないか」


その部下は静かに「はい」と答えて、仕事に取りかかるだろうか?

決してそうはしないだろう。きっと怪訝な顔をして、 次の質問を一つか二つするだろう。


 どんな人ですか?

 どの百科事典でしょう?

 百科事典はどこにありますか?

 ビスマルクのことではありませんか?

 チャーリーにさせてもいいんじゃありませんか?

 過去の人ですが?

 お急ぎですか?

 その本を持ってきますから、ご自分でお調べになりませんか?

 なんでお知りになりたいのです?


あなたがその質問に答えて、その情報の求め方や、あなたがそれを求める理由を説明した後、
その部下は十中八、九、ほかの部下の所へ行って、ガルシアを見つける手伝いをさせるだろう。
それからあなたの所へ戻ってきて、そんな人物はいない、と言うだろう。
もちろん私はこの賭には負けるかもしれないが、平均の法則に従えば、負けないはずである。


もしあなたが賢明なら、「補佐役」にコレッジョの見出しはKではなく、Cで あると、
わざわざ説明したりしないで、優しい笑顔を見せて「もういい」と言い、 自分で調べるだろう。

この自主的に行動する能力の欠如、精神的な愚鈍さ、意志 の軟弱さ、進んで快く引き受けようと
しない態度のために、本物の社会主義者が なかなか現れないのである。

自分のためにさえ行動しようとしない人たちが、全員の利益のために、どれほどの努力をするだろうか?


節だらけの棍棒を手にした副社長も一人は必要だろう。

土曜日の夜に「首」に なるのが怖いばかりに、大人しくしている労働者が多いからである。

タイピストの 求人広告を出せば、応募者十人のうち九人までが、ろくに綴りを知らないし、
句読点も打てない。しかも、そういうことを知らなくてもいいと思っている。


そんな人がガルシアへの手紙を書けるだろうか?


「あの出納係ですが」と、ある大きな工場で監督が言った。

「彼がどうしたかね?」

「会計係としては有能ですが、街へ使いにやると、いつもというわけではありませんが、
 途中で四軒の飲み屋に寄り、目抜き通りにたどり着いたときには、

何の用で来たのか忘れていることがちょいちょいです」


こんな人にガルシアへの書簡を託せるだろうか?


私たちは近頃、「虐げられ、搾取されている労働者」や「まともな職を求めてさまよう、
よるべない人々」に対する感傷的な同情を耳にする。

それにはたいてい、経営者に対する厳しい言葉がつきものである。


だらしない役立たずの連中に気の利いた仕事をさせようと、むなしく奮闘して年齢不相応に
老け込む雇い主、彼が背を向ければさぼることしかしない「手助け」 を得るために、長年、
忍耐強く努力を重ねている雇い主。こうした雇い主たちに 対しては言うべき言葉もない。


どの店でも工場でも、除草は常に行われている。 雇い主は、事業の繁栄に役立つ能力のない
「手助け」を絶えず解雇して、代わりを採用しているのである。


どんなに景気が良くても、この取捨選択は続く。ただ、不況で職が少なくなると、
その選択が厳しくなって、無能で役に立たない人は、職を追われて、そのままになってしまう。

適者生存の原理である。 どの雇い主も自分の利益のために、 最も優れた人材、ガルシアへ書簡を
届けられる人たちを残そうとするからである。


私の知っているある人は、非常に優れた資質を備えているが、自分で事業を経営する能力はない。

さらにまた、他人には全く役に立たない。雇い主が自分に不当な圧迫を加えている、あるいは
加えようとしている、という異常な猜疑心を常に抱いているからである。

彼は命令を下すことができず、受ける気にもなれない。 ガルシアへの書簡を託されたら、
その返事はおそらく、「自分で届けろ!」だろう。


この男は今夜も職を探しながら街を歩いている。風がそのすり切れたコートを通して、
ひゅうひゅうと鳴っている。彼を知っている人は雇おうとはしない。

常に人々の不満を煽るからである。彼には道理が通じない。彼に印象を与えるためには、
そこの厚い九号のブーツの爪先で一蹴するしかないだろう。


これほど異常な性格の持ち主は、憐れむべきだろう。しかし我々は、大事業の経営に努め、
終業ベルが鳴っても仕事の終わらない人たちにも、一滴ぐらい憐れみの涙をこぼそうではないか。

なげやりで冷淡な連中、だらしのない無能な連中、そして恩知らずの連中を統率する苦労で、
早々と白髪になる人たちのために も。彼らの事業がなければ、この連中は皆、飢えて、
住む家もないだろう。


私は言葉が過ぎただろうか?そうかもしれない。しかし世間全体が貧民化した今、
私は成功者に同情の言葉を述べたい。この人たちは、勝ち目の乏しい闘いに挑んで、
人々の努力を促し、勝利を収めながら、何も得るところがないのである。

住むところと、着るものしかない。私は弁当持ちで出社し、日々の給料分の仕事をしてきた。


同時に、人も雇っているので、両方について言えることがある。

貧困そのものには、何の利点もない。襤褸は褒めるべきものではない。

そしてすべての貧しい人たちが高潔とは限らぬように、すべての雇い主が強欲で高圧的であるとは限らない。


私が心を惹かれるのは、「上司」がいるときにはもちろん、いないときにも勤めを果たす人である。

そして、 ガルシアへの手紙を渡されたら、黙ってその信書 を受け取り、愚かな質問をせず、
すぐさま下水に捨てたり、そのほか、届けない で処分したりする気を起こさない人は、
決して「一時解雇」を受けないし、賃金の値上げを求めてストをする必要もない。

文明はそのような人々を捜し求める長い課程である。


そのような人の願いは何でも聞き入れられるだろう。そのような人はどこの都市でも、町でも、
村でも、必要とされるだろう。どこの事務所でも、店でも、工場でも。

世界中がそのような人々を呼び求めている。

「ガルシアへの書簡を届けられる」人物は、非常に必要とされているのである。

 

2009年5月10日 日曜日 | 8:16 AM - エッセイ / コラム


当社もいよいよ5年目に入り、今まで目一杯溜めたバネを一気に弾けさせる、そんな想いでこの一年をやり抜こうと思っています。

今日も恒例の全社会議。

この4月に少なくとも3名が入社します。

これから私たちが大切にしたいこと。

それが、

『効率“非”重視』

です。

効率を良くすることは重要で経営指標や財務面では、顕著に表れてくることでしょう。

しかしです、、

前にも一度同じようなブログを書いたような記憶がありますが、私は効率重視はあまり好きではありません。

私は社員と話すとき、できるだけ、話す相手の傍まで行くか、立ち上がって話すか、少なくとも顔を見て話すようにしています。

お客様へのメールの挨拶文(文頭、文末)は省略しません。

可能な限り社員達、得意先様と行動を共にします。

当社の社員たちは、私の考えを理解してくれているようで、手前味噌ですが比較的礼儀正しいと私は思っています。

効率化
IT化
をみんなが重視しすぎると、歪な社会になりそうで、少し嫌悪感があるんです。

人でなりたつ社会。

その社会で生き、働く我々は、元々無駄の多い人間らしく、不器用だけど誠実に礼儀正しい社会人として、人間臭く頑張りたいなぁ。

そんな想いでこの一年、頑張ります!

 

2009年4月7日 火曜日 | 1:03 AM - エッセイ / コラム


新幹線で雑誌を読んでいて、無性に気になった言葉があった。

「平気な顔して、『これ以上頑張れない』って言うな!」

みたいな言葉。

ある身体障害者アスリートの方の記事だった。

私たちも普段、

「もう限界・・・」とか

「精一杯やってる・・・」とか、

簡単に言うことがあるが、

”本当に”限界か?

と聞かれると、

言葉に詰まる。

「もう限界だから・・・」

を理由に、

現実から逃げるようなこともこれまで多かったかもしれない。

10で限界と思った人は、11以上はできない。

今度、9で限界だと思ったら、10もできなくなる。

そういえば、

うちの会社も昔は土曜出勤が当たり前だったけど、

今は土日は定休になっているので、

また土曜は出勤!

としたら、

みんなにはキツいだろうなぁ~

って思う。

土曜も仕事しようということではなく、

限界を作っちゃいけないなぁ~

と思う今日この頃。

私は、昔からジムでの筋トレが好きで、

良く仲間と行ってた。

その時、先輩にしごかれた。。。

例えば、50キロのバーベルを10回上げるって決めて

1回、、、2回、、、と上げ始め、

10回できた時点で、

もうあと、3回!

それができたら、もうあと2回!

みたいな・・・

結果、10回が限界だと思ってたのが、20回できたりする。

多少のサポート(助け)があってのことであっても、

先輩曰く、

「もう限界!」

と思ってから、何回上げるかで、

本当の力、筋肉、精神力が付くんだ!

って。

確かに、単に「限界」で終えてたら、少し筋肉痛位で、対して力にならない。

限界と思ってから、

どれだけやれるか。

周りや現状から逃げないで、

他に責任を押し付けないで、

自分と向き合って、

自分の限界を上げていかねば。

その雑誌の記事の方の、

芯のしっかりした笑顔

を見て、少し心を打たれました。

私の笑顔は、ふにゃけてないか。。。

ノリで生きていないか。。。

もう少し、気合いを入れなおしてみようと、誓うのでした。

 

2009年3月3日 火曜日 | 9:26 PM - エッセイ / コラム


先日、取引先のU氏と会食でした。

U氏が最近ご結婚されたということで、ささやかながらお祝いをと思い。。大したことができませんでしたが。

U氏とは1年以上の付き合いになりますが、実は大変失礼ながらずっと年上だと思ってましたが、私より3つもお若いということに、とてつもない驚きとショックを受けました。

とても勉強家で、謙虚で、落ち着きがあり、トークが抜群で、いいオーラをお持ちです。とくにビジネスセンスに長けておられます。

若いとき、よく「この人みたいになりたいなぁ」と手本に出来る人が周りに居ました。

歳を追うごとに、自分がそういう人間にならないと。と思うことで、人を尊敬することも少なくなってきたように思います。


私がここまで来れた一番の要因は、馬鹿が付くほど「素直」だったからだと思っています。

これは自信がありますし、最大の強み(弱点でもあるけど)だと思っています。どんな人が書いた本でも、良いと思ったことはすぐに吸収してしまいます。

そんな中、「尊敬に値する人」と出会うことが無くなって来たなぁ~と思っていた中で、U氏との出会いは私にとって久々の価値あるものです。

なんだろ、、、他の人とどこが違うんだろう。

・ 他利最優先

・ 自分を主張し過ぎない

・ 謙虚さと気遣い

・ 話を必要以上に難しくしない

・ 相手と居ることを、本心で楽しむ

そんなことが、人に好かれる秘訣なのかなぁと、思ったりして。。。

私も時々できていないことがあるので反省ですね。

・ 利己主義で、自分勝手

・ 自分が褒められたいことを主張する

・ 威圧的だったり、馴れ馴れしかったり

・ 内容を掌握できていない話を、難しい言葉を使って分かったように話したり

・ 人と会うことを「社交的付き合い」としてしまったり

U氏を見習い、これからも、自分の人生のミッションの真相を追究していかなくては、と反省してます。

とにかく、

Uさん、ご結婚おめでとうございます。末永く、お幸せに。

そして、これからもご指導のほど、と合わせて、

またいつかソウルファミリーに入れて頂けるよう頑張りますので、よろしくお願い致します。<m(__)m>

 

2008年11月15日 土曜日 | 11:48 PM - エッセイ / コラム


最近の世界同時株安、円高+為替の大変動、金融不安、先物・原油の暴落など、少し異常な状態が続いていますね。

この複雑かつ難題について、私が語るのも畑違いなので、ご勘弁頂きたいと思いますが、

自然の摂理と経済の基本が頭に入っていれば、誰でもこの状況は予測できたはず。なんだけど、できなかったというよりしてなかった。

長期的にみれば、なって当然。でも短期的にみれば、ならなくて当然。

100年近く前だと、月給が数円だった時代、今は20万円少し。これが、また数円に戻ることはないと言い切れますよね?だけど、日経平均が右肩上がりに上がり、一気に8千円台、7千円台まで落ちることはないとは言い切れませんし、実際にそうなりました。

経済的なニュースで大きな変動をもたらせるのは、殆どがマイナス要因です。

最近だけでも、ライブドアショック、9・11事件、サブプライム問題、リーマン破綻などで、経済は一瞬で凍りつきます。けど、何かのニュースで一気に世界同時株高になることは殆どありません。

全て、ジリジリ上がっていき、市場が”(大阪弁でいう)調子に乗った”頃に爆弾(悪いニュース)がきます。

バブルでも、それ以降でも、何回も経験してるのにね。。

それで損をしている個人投資家も多い。

実は、一番不利なのは、金融機関(運用会社)なんじゃないかと思います。

どんな相場でも常に利益を出さないといけないので、常にこのリスクを負い、いつか必ず損害を被る。

個人は、”調子に乗らず”、少しの利益を短期間で取れたら、願わくば必要な分だけ取れたら、後はそれ以上欲をかかないこと。相場に乗らないこと。それが出来るのが個人投資のメリットだと、最近思います。

これらはビジネスでも一緒。常に右肩上がりなんてありえません。

来る苦しい時代、不幸な出来事に備え、どう体力をつけておくか。

オン、オフ共に、これからのリスクヘッジを考えておきたいと思います。

 

2008年11月8日 土曜日 | 4:21 AM - エッセイ / コラム


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